資本主義社会における武士道の在り方 その2

By kihara, 2018年4月20日

日本が資本主義となったのは、もちろん諸説ありますが明治維新以降と言われています。それまで国や藩が行ってきたことを民間に託したわけです。国営も当然残りましたし財閥もありましたが、基本的に自由な市場を加速させ、50年以上前に起きていた産業革命を取り入れました。

江戸時代にはある程度自由な市場、世界初と言われる先物市場も存在し、参勤交代によって張り巡らされた道路、教育の中心となった寺子屋など近代化に必要な要素の一部が既に揃っていた事もあり、富国強兵のキャッチフレーズと共にスムーズに受け入れられていき、50年の遅れを50年で巻き返すほど、つまり倍速での成長を遂げました。

これは国が明確に指針を示し、それを義(正しさ)として捉えた結果、義を見てせざるは勇なきなりの精神で行動しました。さらにそこに誠(誠実さ)が加わり、より精度の高い機械化に進んでいきました。これまでよりさらに天皇を中心とした社会となっていたのも、忠義を重んじ、果たすという国民性にマッチしたのだと思います。積極的に海外の技術移転を進めたのも寄与していました。

その次の転換期は第二次世界大戦後です。外部要因もありますが財閥を解体し、さらに自由な競争が行われやすい環境となり、焼け野原になった国を復興させようと思う心と合わさって、わずか10年で立ち直り、その後30年続く高度成長期を成し遂げます。技術移転もさらに加速し、そこに独自の改良を加えることによって高い付加価値を産み出しました。ここでもやはり義、勇、仁、誠、忠義が支えとなったと思います。利益を考えず名誉に突き動かされていた印象があります。

さて、いよいよ現代になるのですが、超がつくほどの高度経済成長期と今を比べると印象的にも経済指標的にも明らかに良くないです。失われた20年の間に他国は順調に成長しています。ここで武士道と資本主義が摩擦を起こしたのではないかと考えています。

続きは次回。

 

 

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